日本国記が好きじゃない。

2019/1/7

 発売前からベストセラーということで話題になっていた百田氏の日本国紀。私の周りの人も何人か買っているのだが、あまり好きではない。

 基本的には、この本は歴史書のような体をとった、個人の極めて主観的で想像によって描かれた、自分はこうだと思うんですよという「歴史エッセイ」である。

 しかしながら「歴史書の体」をとっているのである。

 この本について、裏付け資料も何も提示せず、想像で書いている部分が多数あることについて批判を受けると、擁護派の人々は「歴史書や学術論文じゃないんだから、そんな批判はお門違いだ」と応えるのである。

 お門違いはその通りなのだが、それはこの本が、まるで歴史書みたいなフリをしているから受ける批判なのである。

 案の定、私の周りの人々でも一部の愚かな方は、この偽歴史書にすっかり心酔してしまって、百田氏の極めて個人的な仮説を、さも史実であるかのように理解し、読んでいない人や批判的な人を戦後の誤った教育で、自虐史観を植え付けられたかわいそうな愚昧なる輩と思ってしまっている。

 別に、百田氏が何書こうと自由だと思うのだが、歴史書風を装ったのは極めて卑怯であると感じている。
 自分の書く言葉に影響力が大きい人物であればこそ、発信の仕方には細心の注意を払って、倫理感ある発信をしてほしいものだと思う。

 「ぼくの考える日本史」みたいなタイトルだったら、勘違いする人は少なかっただろう。私見であることがわかる。

 だが、タイトルの 日本国紀 という言葉。まさに歴史書然としたタイトルである。バカをあおってだまして金巻き上げるためのタイトルである。

 歴史書であるならば、明確なエビデンスに基づく事実。もしくは伝えられている伝承、記録を紹介するに留めるべきである。

 内容的には、理解できる部分も多いし、賛成できる考え方もあるが、このフェイクニュースならぬ、フェイクヒストリー本はちょっと苦手である。

 天の神様
 これが史実だと思ってしまう人が増えぬよう、父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。

 えいめん!

コメント

  1. n より:

    この手の本に限らず、例え正史とされているものであっても「本当かどうか。」は分からない。
    ので、真に受けずに想像に馳せる、一意見に留める、根拠や論拠を提示し調べてみるのが歴史のだいご味だと思っています。
    だからこそ元となる「何をベースにしたものか。」が大事なんですよね。
    それなしにこうこう、と書かれていても検証しようがないですし。

    生きてて思うのは、汚い事、不祥事などはわざわざ書き残そうとはしないのが人というもので。
    きっと歴史はもっと単純なことではないことばかりなのだろうな、と思っていますね。

    • reihou19 より:

      証拠を示して、判断を任せる。歴史を語るうえで実に重要だと思う。
      都合の悪いことを時の為政者は書き残さないだろうし、逆に誇張もすると思う。

      大事なのは証拠であるな。

  2. 仁丹 より:

    俺文系出身だから分かるんだけどTVのニュースも糞だよねw
    ついでに言うと林真理子も内容がスカスカで読む価値が無いw

    • reihou19 より:

      テレビのニュースの怖いのは、誰かの主観が入るところだと思う。
      「〇〇容疑者がいま、沈痛な面持ちで入ってきました!」とか・・・「沈痛な面持ち」は見てる人の主観であって事実ではない。
      気にしてみていると、ニュースには実に主観が多い。

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