感情と法

2018/11/6

 徴用工問題で、韓国がまたへんてこな批判をしている。

 引用すると「日本の指導者らが「問題の根源を直視せず、わが国民感情を刺激する発言を続けている」」という事である。

 

 そもそも、彼らは「国民情緒法(笑い)」みたいに、揶揄される理由を解っていない。法治国家の何たるかが分かっていない。

 法実証主義の立場で考えれば、法というものと「正義」だとか「道徳」というものは、関連しない。
 つまり、法はシステムであり、多くの人間がそのシステムの採用に同意して、それが動いているというものである。

 

 「正義」「道徳」こうしたものは、扱う人間の立場や利己性などによって、大きく食い違い、普遍的な価値観とは言い難い。

 韓国人からしたら、彼らの主張が正義であり、徴用工を救う事こそが道徳的だと考えているのであろう。おめでたい奴らだと言わざるを得ないが・・・。

 かようにして、この正義・道徳なんちゅーもんは、曖昧模糊としたものなので、こんなものを法に連結した日にゃぁえらいことですよ!というのが、法の考え方の根源にある訳である。

 だから「国民感情」とか知ったこっちゃ無いのだ。

 

 彼らは一度、国家間の条約を結んでいる。そこで、個人の請求権は放棄している。
 条約は、締結された瞬間から「国内法」として機能する。

 つまりこれは、日本と韓国の約束であると同時に、国民に対する「法」となるのである。つまり、個人が日本に対して賠償請求できないよ?という法なのである。

 それを、国家が破っているのだから、とんでもない話である。

 

 大陸の片隅で、長年中国の属国に甘んじてきて、事大主義で帝国主義の時代の身の振り方に失敗し、プライドを破壊されつつも、対面だけは先進国風を装っているコンプレックスの塊みたいな国家にとって、日本は憎くて憎くてしかたないのかもしれない。

 でも、その気持ちや、国民的な正義感と、法の間には何の関係もないのである。残念ながら。

 

 こういう声明を出しちゃう時点で、法治国家ではない事を露呈してしまっている。

 ちょっと反省した方が良い。

 

 天の神様

 やっぱり、霊的に生まれ変わり(物理)が必要なんじゃないでしょうか。
 父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。

 えいめん!

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