生産性についての話題を清算せい!

2018/09/25

 新潮45が休刊だという。

 読んだ事も無いし、買ったことも無いので、当然ながら私としてはどうでもいい。

 

 売れない雑誌なので、なんとか特徴を出すべく尖りたかったみたいで、LGBTには生産性が無いという理論の擁護に回ってみたところ、流石に尖りすぎて、世間から叩かれてしまったという訳である。

 そもそも、LGBTをそんなに嫌わなくても良いではないか。

 生産性という意味では、井上涼氏なんかは、インパクトありすぎな作品を次々生み出しているではないか。最近では、特急三日月宗近なんか、素敵な歌である。

 彼がゲイだとかそういうことは、割とどうでもいい。

 そもそも・・・ゲイだとかレズビアンだとかバイだとかは・・・少々枠が大きいだけで「誰が好きか」という問題である。「学校のAくんとBくん、どっちが好き?」っていうので、ややマイナーな方って程度のイメージである。

 デブ専とかブス専とかと同じ、マイナーな性的嗜好の一つである。

 つまり、割とプライベートかつ、些末な問題なのである。
 いちいち、生産性がどうこうとか言うのもアレなのである。ただ、逆にアファーマティブアクションを採るほどの事でもないと思う。些細な問題である。

 美人が好きか、オッサンが好きか、イケメンが好きか、ハゲが好きか、二重が好きか、一重が好きか、巨乳が好きか、貧乳が好きか、デブが好きか、ブスが好きか、同性が好きか、マッチョが好きか、細マッチョが好きか、ゴリマッチョが好きか、ガチムチマッチョが好きか、ガリマッチョが好きか、オネエが好きか、同性も異性も好きか、実は性転換しているとか・・・

 非常にどうでも良い問題ではないだろうか。
 だから、究極的には、別にカミングアウトできる社会にする必要とかもないと思うのだ。

 だって、会社や学校で、オッサンとかが「自分、実は女性が好きなんです」とかいうだろうか。言わない。
 仲良しだったら、「自分実は巨乳が好きなんです」くらいのカミングアウトはあるかもしれないが・・・。

 一定比率で、社会の中に、「自分実は同性が好きなんです」という人が居る事が解っていて、当たり前だと思っていれば、特別な何かをする必要はきっとない。

 

 そして、生産性という面で言うなら、確かに無い
 誰が好きとか、だれが嫌いとか、そんな与太話に生産性など無いからである。

 ゲイだろうがレズだろうがバイだろうがストレートだろうが、等しく無価値というヤツである。

 どいつもこいつも、等しく無価値で差別しないという、ハートマン軍曹のスタンスは実は先進的だったのかもしれないと思わされる。

 

 何はともあれ、新潮45は休刊である。儲かってなかっただろうし、辞める口実にでもなったと思ってそうである。

 ちなみに、最後に若干疑問だが、雑誌と鉄道は、廃止されるとき、廃刊とか廃線ではなく、休刊・線となる。

 鉄道は、廃線にすると、すぐ鉄道撤去しないといけなくなるからにしても雑誌は謎である。

 

 天の神様

 怒ってる人たちの溜飲がこれで落ちるよう、父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。

 えいめん!
 

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