カリスマ講師は何がすごいか

2018/5/25

 最近、いわゆる映像授業のクオリティやわかりやすさ、没入感についての研究活動をしていたのだが、いわゆる神授業なんて言われるような、本物のすごい講師の特徴を一つ発見した。

 それは、言葉遣いと表現である。

 一般的に、教師は以下のようなものいいをしがちである。
「この部分覚えておかないと、先々で困るからな!ちゃんと覚えておけよ」

 危機感をあおって、学習を促したいのだろう。

 だが、これはあまり効果的ではない。

 

 優れた講師は一貫して、このような傾向があった
「この問題、難しく見えるけど、この方法さえ覚えておけば・・・ほら!あっという間に答えができる!簡単だろう!?」

 

 これである。

 最初の、一般の教師の物言いは、愚かでモノを知らない学生たちに、このままではオレと違ってお前たちはこんな悲惨な末路をたどることになるのだぞ。という「見下し」の言葉である。言ってる方はさぞ気持ちよいであろう。
 そして、提示された悲劇的な未来は、ワクワクしないうえに、あくまで教師の想像上の悲劇であって現実味を伴っていない。

 

 逆に、優れた講師は、優れた可能性を持った学生たちに大して、こんなすごい方法が世の中にあるんだぞ!お前たちなら使いこなせるだろう?ほら、こんな簡単にできるんだ!未来は明るいぞ!という「信頼」の言葉である。
 ただしこの言葉は、自分の説明が解りやすいという自信と自負と、確かな実力があって成り立つ。
 この優れた解き方によって、目の前の難題が快刀乱麻を断つがごとくに解決するという体験を伴っている点も素晴らしい。

 

 両者を比較したとき、明らかに後者が優れているのである。
 だが、一般的に教師をやる人間は、先生先生言われて、どこかでおかしくなってしまう事が多い。無知蒙昧の輩どもに学が無い事の危険を煽り、自らはセーフティな位置から見下して良い気分になるという、悪行に身をやつすものが多い。学校の教師に多い。

 

 ちなみに、教師に限らず、一般社会においても前者の話法を使うものは少なくない。

 こういう手合いには気を付けて、上記に書いてある違いを考えながら、どちらのタイプか見分けていくと、明るい未来が開けるぞ!と、自分の文章にもそれを応用してみた次第である。

 

 天の神様
 見下す教師が、信頼する教師にクラスチェンジできますよう、父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。

 えいめん!

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