ロマサガ復活

2018/09/21

 やったー!ロマサガ3!リマスター!発表!

 2019年リリース予定ということで、楽しみである。わくわくである。androidも対応なので、出先でプレイできる!最高である。クラウドセーブの対応が気になるところである。

 今から考えておきたい・・・誰で最初プレイしたいか。

 1:カタリナ・・・個人的に好き。かわいい。ミカエルさまの事となると、変身したヤツに騙されるくらいチョロいのに、武人としての強さもしっかり持っている二面性が素敵。さらに、マスカレイド!ウェイクアーップ!的な魔法少女的側面も持つ。とっととオープニングから解放されるのもウリの一つだが、そういう意味では2週目以降向き。

 2:ミカエル・・・マスコン!マスコン!マスコン!マスコンバットをやりたい!今ならもっと上手に戦える。

 3:モニカ・・・細腕キャラを剛腕物理キャラに育て上げたい欲求を満たしてくれる子。

 4:サラ・・・物語の核心に迫れる!ただ・・・どんだけ育ててもラスボス戦が・・・。楽にラスボス倒したい人の1週目向きキャラ。

 5:エレン・・・ゴリラ女。

 6:ハリード・・・曲刀が全てカムシードに見えるド近眼野郎。諸王の墓に行けるのは彼だけ!最強のドラゴンルーラーと戦いたいなら・・・。

 7:トーマス・・・トレードは誰でもできるし、イマイチ微妙なキャラだが、労せずに術メイン主人公でスタートしたいなら良いかも。サラとトーマスと少年の三角関係を想像して楽しむ。

 8:ユリアン・・・主人公ポジながらも、いまいち魅力が無い彼。オープニングの「黄龍剣!!」が最大の魅せ場。ここが奪われるともうだめだ。そして、プレイして黄龍剣はそこまで強くないと気づいたとき、ユリアンの格もなんか自分の中で落ちる。

 

 カタリナかな・・・やっぱり。

 

 さらに、何かロンシングサガ リ・ユニバースとかいうソシャゲっぽいのも発表されていた。

 ・ロマサガ3の300年後の世界観。 → 既存の世界観とキャラを使うのが大型IPソシャゲの悪いところ。
 ・スマホゲームならではの要素も → どう考えてもガチャとかフレンドやん
 ・シリーズの歴代キャラが登場 → どう見てもガチャゲーです本当に・・・

 どう見ても、世界観をロマサガ3の300年後にしたインペリアルサガではないか・・・。
 

 個人的には、ロマサガと冠する以上、以下のことはできてほしい。
 1:フリーシナリオ(当たり前)
 2:主人公選択(最初の秘書艦選びみたいのじゃなくて!)
 3:クリアできる。そしてまた違う主人公でプレイできる。違う武器、違う選択、違う仲間でプレイしたい。
 4:やろうと思えば戦闘回数を少なくできる。(今時の周回ポチポチゲーとの差別化もできるよ!)

 これは最低限クリアしてほしいところである。
 

 だから、ガチャゲーでも構わないのだが、たとえばガチャでゲットしたキャラと、そのキャラにまつわるシナリオが、アンロックされて、仲間にしたり、シナリオをすすめたりできるような形だったら共存できるかもしれない。

 

 なんか、マトモなゲームになってほしいところである。

 天の神様
 2019年はロマサガ3やりまくりです!ありがとうございます。できたら、ヤーマスの街の謎のドアの先のシナリオとか補完してほしいです。父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。

 えいめん!

 

 

株式会社立というもの

2018/09/19

 私立の通信制高校の中には数多く「株式会社立」の高等学校が存在する。
 これは、教育改革特区の制度を利用して、株式会社が建てた高等学校である。

 ちなみに「株式会社立だった私立通信制高校」というのも多数存在している。

 

 そもそも、株式会社立というのは、文科省から良く思われていない。
 なぜかというと、特区法というものの性質上、株式会社立の高等学校の設立の許認可は、内閣府や総務省なのだが、実際に学校として運営していくにあたっての、縛りである学校教育法やら、指導要領等、管理監督については文科省の管轄になってくる訳である。

 自分たちが認めた訳ではない高等学校の世話をしないといけないというのは、文科省としては面白く無い。

 そんなわけで、文科省は有言・無言を問わず、割と明示的にも暗示的にも「学校法人への転換」を勧めてくる。

 結果として現在、かなりの数の株式会社立高等学校が学校法人へと転換した。
 しかしながら、実は本質的には株式会社立も、だったところも変わらない要素がある。

 それは何かというと、株式会社立だったところも、高等学校の運営部門を学校法人として独立させて、全国にある学習センター運営だったり教務や事務の運営を、自社部門に維持し「業務委託」という形で資金を還流させる仕組みを取っている。

 

 そして、ここからが本題である。

 株式会社立や、だったところ。これらは本質的には、利益を追求する組織である。会社であるからな。株主の為にも利益を追求しないといけない。

 そして、そこに「募集」という職責が生まれる。生徒募集である。
 利益を出す為には、生徒をたくさん入れないといけない。

 だから、学習センターとかキャンパスとか校舎とか言われる、全国にある登校するための施設においては、入学人数の目標があるわけである。

 そして、その目標を追う職種が置かれる。募集担当とかキャンパス長とか校長とかセンター長とか、まあ早い話が責任者である。

 彼らは入学実績が自分の評価に直結するので、相談に来た人を必死で入れようとする。
 ちなみに吉祥寺に本校のあるとある通信制なんかは「今日この場で入学決めて、入学金だけ先に納めるなら入学金半額になります。1Fにコンビニあるんで、下して早く!ほら!」みたいな手付払わせて決定させる手法が評判悪かったりする。

 というように、何ともキナ臭い業界なのである。

 

 株式会社立の学校が悪いという訳ではない。そこで働いている教員は、普通の教員と変わらず、生徒想いの良い先生もたくさんいる。

 だが、入り口の部分・・・入学については、どうしても企業の論理でゆがめられるという事は知っておくべきである。

 

 天の神様

 学校法人への転換が進んでいく事を、父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。

 えいめん!

カードゲーム

2018/09/19

 機会があって、何年かぶりにMtGをした。

 ちなみに私のデッキは、遥か昔のそのむかし、またまた昔のスタンダード環境である。確か、テンペスト-ウルザ期だったと記憶している。

 デッキ1:「スーサイドブラック」・・・リチュアルからの序盤高速展開がウリ。
 デッキ2:「オース」・・・尽きないデッキとノーコストで出てくるクリーチャがウリ。

 対戦相手は・・・現「モダン」環境における「ドレッジ」というデッキである。

 

 結果

 すさまじいカードパワーで蹂躙されて終了。
 いや、もちろん私のプレイングがショボいのはあるのだが・・・ここ最近までのカードパワーの上がり方を肌で感じる結果であった。

 

 

 とはいえ、やっぱりMtGはカードゲームとして、非常に面白いというのを再確認する結果となった。
 (MO含め、DCG慣れしすぎてて、相手のカードがこっち向きじゃない事に戸惑ったけど・・・)

 相手のターン中に自分にある権限のバランスが非常に良い。

 優先権とかインスタントタイミングの呪文・能力もそうだが、何よりブロッカーの配分は、非常に優れたゲームシステムである。

 不思議とDCGではブロッカーの配分はあまりメジャーではない。ハースもシャドバもタウント持ちみたいなブロック強制はあっても、基本的にはどれを殴るかは攻撃側が決めている。

 確かに、ブロッカーを選べるようにすると「フェイス●●」と言われるような、顔面を殴りに行って決着を目指すデッキは成立しにくくなる。

 半面、ボードコントロールの重要性が上がって来るように思える。試合は長くなる傾向が出てくるかもしれないが、総攻撃したら総攻撃される・・・こういう力関係はマジックの非常に良いところなので、ここらへんを見習ったカードゲームが出てきてほしいものである。

 と言いつつも、いろんなデジタルカードゲームをみつつ、私はずっとMtGの幻影を追い続けているのかもしれない。

 ちなみに、最近地味にオススメなのが、ウィッチャーのスピンオフカードゲームの「グウェント」である。
 「上手に負ける事」を戦略に組み込む必要があるちょっと変わったカードゲームである。ぜひ、ルールだけでも見てみてほしい。

 

 天の神様

 MtGが気軽にでき環境が来るよう、父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。

 えいめん!

2018/09/18

 相変わらずチマチマUOをしている。家作るくらいだがな・・・。
 ちなみに、前の18*18は引き払った。

 適当にブリテン近郊を歩いていたら、前に18*18建つと思った土地がまだ空いていた。そしてそこを再測量してみたら、砦建つじゃん!と、気づいて砦を建ててお引越しした。

 山に囲まれた地形なのだが、砦のカスタマイズに使うパーツには花崗岩を大量に使うので、採掘がしやすいのはメリットであることに気が付いた。

 

 

 まあ、これはただの砦自慢で、それはそうと・・・

 ファンタジーアース ジェネシスの情報が少しずつ出て来た。

 

 大変残念なことに、武器には★1~4のレアリティがあって、それによってスキルが違うとのことで、ガッツリとソシャゲ寄りの調整に合わせてくる可能性があるのが怖いところである。

 ファンタジーアースの優れたところは、だれでもすぐ35レベルになれて、そこから40レベルまでは変化が無くて。装備もみんな同じ攻撃力・防御力のものを得られて、エンチャントという課金要素こそあるものの、基本的にはお互いの腕と連携がモノを言う世界で合ったという点である。

 つまるところ、現代的な言い方をすると、競技性の高いゲームであった。

 これが、育成ベース。装備ベースのゲームになってしまうと、少々不安なってしまって大丈夫だろうか。

 まあ、武器によってスキルが違うというのは、極端に強いスキルとかを後からガチャ限とかで出して来ない限りは、面白い要素であるとは思う。向き合ったとき、相手が何をしてくるか、一瞬考える必要がある。

 ただ、スクエニはファンタジーアースをダメにした会社であるし、ついでに言うと、ソシャゲのサービス終了力に定評のある会社なので、怖いところである。

 

 ちなみに私個人としては、スマホのUIでTPSはちょっと・・・。というところである。
 FEZの人たちも閉塞した環境で辟易しているところがあるので、PC版も出してくれたらうれしいところである。

 

 天の神様

 ガチャ限、超強力な見えてる範囲が全員死ぬ!みたいなゲームになりませんよう、父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。

 えいめん!

ふるさと納税

2018/09/16

 ふるさと納税の規制が話題である。

 そもそも、難しいのは「人が少ない自治体は税収が少なく行政サービスが下がる」というのを解決する為に、「ふるさと納税」という仕組みがある訳である。

 これを杉並区なんかは「住民税が流出している」としていて、実際大都市圏では税収の低下が発生している。

 

 今まで、ある程度均衡していた税収を、いきなり揺るがされたのだから、都市圏の自治体の怒りももっともである。
 かといって人口が少ない自治体は行政サービスが最低限で良いというワケでもないとは思う。

 

 ここはもう、同じ土俵で戦うしかない。
 首都圏の自治体も、自らの失った税収をよみがえらせる為に、ふるさと納税に全力で打って出るのはどうだろうか。

 念のため、総務省が言っている「地場産品」で攻めていくと首都圏は・・・

 

 なかなか難しいところだが・・・たとえば
 「●●のSSR確定ガチャチケット」 寄付額10,000円~
 「最高レアリティから1体選択してもらえるチケット」 寄付額50,000円~
 「対象アカウントのガチャSSR率 1年間2倍チケット」 寄付額50,000円~
 「環境トップレアリティ5体詰め合わせセット」 寄付額100,000円~

 都内には、各ゲームのパブリッシャの本拠地がある。
 そのキャラクタは間違いなく都内の地場産品だ!

 しかも「電子データなので、価値のつけようがない」ということで3割以内という規制も突破できる。

 買う側も、SSRもらえて、控除が受けられて最高である。
 これで全国のプレイヤーから寄付をもらえる!

 問題点はシリアルコード形式にするとiOSで対応できない点だろうか・・・。 

 

 天の神様
 皆が幸せになれる方法が見つかるよう、父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。

 えいめん!

スタティックな空間

2018/09/14

 学校というのは変化と刺激に乏しい場所である。

 最近になって気づいたのだが、そこで働いている人間たち自体が、あまり変化や刺激や革新を求めておらず、今まで通りの指導を繰り返し繰り返し続けていきたいというタイプの人間が大部分を占めている。

 だから、私がどれだけ腐心してICT教育、ひいてはSTEAM(STEM+ART)などの重要性を解いて、導入の道筋を建てようとしても、その道は開けなかった。

 仕事を楽にするための、効率化したり情報共有を促進するためのツールを導入しようにも、新しい操作を覚える事が現場の負担になるとか・・・。そんな事を言いだしたりする。

 働き方改革とか、ブラック部活の解消とか色々言っているが、確かにブラックな労働環境は変えたいと願っている教職員は多いが、自分たちの働き方自体が変わる事には強い抵抗感を持っている人が多いのが現実である。

 

 そもそも、今の50台でPCがロクすっぽ使えない連中が幹部層に多かった事も問題である。
 私の70台の父は現在進行形での自作erである。彼曰く、windows95発売当初30台の人間が、PCが苦手って大丈夫か?である。

 

 小学校・中学校・高校・大学と進学して、学校の先生になった人間は、そもそも学校以外を知らないので、学校等空間の学校の常識が学校外からの文化に侵される事に恐怖を感じずには居られない。

 学校改革が進まない理由はこのあたりにある。

 そういう意味では、千代田区立麹町中学校の工藤校長のような改革者というのは稀有な存在である。

 

 この取り組みが正しいのか正しくないのか、結果はまだ出ないが、少なくともそれが正しいと信じている人たちがこれに尽力していて、そして結果や正解が出ない中で、不安を抱きつつも力を尽くして前に進んでいるのだと思う。

 反面、民間の運営する学校で働く中で、所詮は公教育も民間教育も同じで多くの教員は「先生」の意識で停滞してしまっている現実を何度も見て来た。

 民間とか公教育とかの問題ではないのである。
 先生の立場を理解しつつも、トップダウンでガツンとやれる人が居るかどうかの問題なのである。

 普通の会社なら業務命令に従うものだが、学校という組織は、科目ごとに高度に独立していて、早い話がそれぞれが個人単位で好き勝手やっている。

 だから、新しい物の導入にグチグチ文句垂れたりするわけである。

 

 ここらへんが改善されて、教育の質が向上していく事を願うばかりである。

 

 天の神様

 変化を恐れぬ心を、皆にお与えください。父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。

 えいめん!

通信制高校と多様なメディア

2018/09/13

 通信制高等学校は基本的に「通学しなくて良い」と思われているが、実はそんなことは無い。

 各科目ごとに、面接指導時間というものが定められている。
 こいつは結構長くて、科目ごとに基準が違っていて同じ1単位に必要な指導時間でも、理科や体育はやたらと長いが、国語は短いなんていう特徴があったりする。

 これを真面目に満たそうとすると・・・おそらく年20日で終日みっちりのスクーリングが必要になる。スクーリングを宿泊型でやる広域通信制の場合、20泊21日である。

 

 これではよろしくない。

 そこで・・・登場するのが「レポート」である。
 これは、ある種のドリル的なもので、これをやると面接指導時間のうち2/10が免除される。

 次に、重要なのが「多様なメディアを用いた授業」である。
 こいつがクセもので、早い話が、いまどきわざわざ対面じゃなくても、授業を受ける方法はいくらでもあるんだから、対面以外の方法(つまりメディア授業)によって、この指導時間のうち6/10までを消化して良いよ!というものである。

 つまり、1単位100分必要な授業が仮にあったとして、設定単位数が2単位であれば・・・200分のうち、40分はレポートによって免除され、120分はメディア授業で消化して良い。残りの40分について、スクーリングでの授業で消化せよという事である。

 

 さて、この多様なメディアというのがクセものである。さっきも、クセものっていったが・・・。

 ここからはお役所的な「文意の解釈」の問題である。

 「多様なメディア」という単語。まず多様を想像してほしい。どういう意味だろうか。

 

 正解は「2つ以上」である。
 これは「世の中に多様に存在するメディアを使って」という意味ではなく「世の中にあるメディア授業を多様に活用して」という意味である。

 つまり1種類ではダメなのである。2種類だ。

 ちなみに、多様のうち1種類目、インターネットを使った授業。これについては「東京書籍」が教科書解説動画を通信制高校向けに作成して、ポータルサイトも作ってアカウント課金で販売するという形式をとっている。

 これによって東京書籍は、通信制高校の教科書シェアを総なめにしている
 以前は、高校で独自に動画を作ったVODを配信しているところも多かったのだが・・・文科省のお役人から「これってレポートの解説をしてるだけですよね」とか「体系的な教科書の解説になってないですよね」みたいなチクチク攻撃をされて、ほぼ絶滅状態である。

 一方、東京書籍の動画は、教科書を1ページずつ1ページあたり5分程度で解説していくという、文科省に絶対文句言われないですよ的な狂気じみた執念を感じる作りになっているので、信頼度が高い。

 

 さて、東京書籍で1種類目はOKである。では次のメディア。

 ここで大きな問題がある。
 「多様なメディア」というのは「パブリッシャを指す訳ではない」つまり、東京書籍が作った動画と、自前のVOD配信で2種類達成!とは・・・いかないのである。

 どういうことか・・・。

 つまり東京書籍の動画というのは「インターネット」というメディアを活用した授業である。
 「多様なメディア」の解釈として、インターネットの動画2種類では多様とはならないのである。

 

 そこで登場するのが、NHK高校講座である。そう、いまどきテレビである。
 多くの通信制高校で、このNHK高校講座を視聴しての視聴報告書を生徒に義務付けている。

 今時、放映時間を調べて、テレビやら・・・科目によってはラジオを聞いて課題に取り組まないといけないのである。前時代的すぎる。

 ちなみに、ダルいので、ほとんどの生徒がテレビもラジオも放映後に「NHK高校講座のウェブサイトで見ている」のが現実である。

 ネットとネットでアウトっぽいが、学校としてはTVを指定しており、TV見て書いたか、ネットにあがってるのを見て書いたか確認する手段は無い。

 なのでまあ、ネットとTVで2種類だね。という、実にお役所的行政によって多様なメディアは成り立っている。

 

 かようにして、面接指導時間を短くして、年に数泊のスクーリングで授業時間を満たしているのである。

 多様なメディアという言葉は、まさにお役所仕事の権化である。

 

 天の神様

 文科省が開明的になりますよう、父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。

 えいめん!

 

指一本 簡単 爽快 ド派手

2018/09/11

 パラレルニクスパンドラナイトがサービス終了する事が決定した。

 

 ソシャゲのサービス終了判断というヤツは、本当にシビアである。
 売り切りのコンシューマゲームであれば、大爆死しても、作っちゃった在庫分と、作成にかかわった人々の人件費分が赤字になってくるだけである。

 半面、ソシャゲは、ヒットすればその作品はずっと利益を出し続ける。
 逆に、ヒットしなければ「赤字を増大させ続ける」。

 そんなわけで、サービス終了も「損切り」として必要である。

 

 に、してもだ・・・。

 この記事を見てほしい

 4か月とかで終わってるソシャゲも世の中に普通にあるのである。
 いま、まさにソシャゲの世界は「他産多死型」になっている。

 イケイケドンドンで次々開発して、芳しく無いなら打ち切るというスタイルである。

 この玉石混交で、ただただ新作を出し続ける姿勢というのは、20年ほど前の、成人向けゲームが雨後の筍のように次々出ていた時代にも似た部分がある。

 今では、一部の老舗ソフトメーカー以外、ほとんどが事業撤退をしてしまった。
 有象無象の弱小零細エロゲ会社は、ほぼ消えたのである。

 

 こうして、ソシャゲの一発大ヒットを夢見て・・・多産多死の時代を経た先に、今度は少産少死型の時代がやってくるのだろうか。

 

 ちなみに、売れないソシャゲには結構、特有の煽り文句があって・・・以下のような感じである。

 「指一本で」・・・複雑な操作系を作り込める開発力が無い。
 「簡単操作」・・・同上
 「爽快」  ・・・雑なゲームバランス
 「ド派手な必殺技」・・・ド派手=カットイン
 「有名声優」・・・開発力が無いのでお金で解決するスタイル。

 

 こらへんを組み合わせてあるゲームは危険性が高いと言えるのだが、世の中にはテラバトル2みたいに、純粋にクソゲーすぎて終わるケースもあるので要注意である。

 

 天の神様

 愛されず消えていったゲームたちが救われるよう、父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。

 えいめん!

2018/09/09

 ああ、江戸川区民になった(まだ転入届出してないけど)。

 そして今日ネットが開通した。(やや遅い回線だけど)

 集合住宅に、JCOMの320Mプランが格安でついていたので、それを使う事にした。(オーナー側からの金額補助があってめっちゃ安い。ついでにディスカバリーチャンネルが見られる。という点で決めた。)

 私はそんなガチのシューターでもないし、異常に思いコンテンツを頻繁に要するわけでもないので、まあ40Mくらい出れば御の字である。

 ipv6のアドレス発行が無料でできるみたいなので、それの申し込みを探していたのだが「意図的に見つけにくくしているとしか思えない」レベルでウェブサイトが難解だった。

 「見つけにくくしてくれ」という指示を受けて作っていたのならば、天才的・・・いや悪魔的で天才的な手腕である。

 そうじゃないなら相当なバカである。

 ちなみに、接続マニュアルなども「同軸ケーブル」を「同輪ケーブル」と記載するなどの誤りもあり、なかなかの体たらくである。

 文字校くらいちゃんとやっておいてほしいものである。

 何はともあれ、引っ越しが完了した良かった。
 これからまた色々書いていこうと思っている。

 めでたく通信制高校業界を去ったので、そこらへんの話とかを出していきたい。

 

 天の神様

 ネット開通有難うございます。

 ちゃんとv6アドレスおりてきますよう。父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。

 えいめん!

ボランティアの倫理と五輪の精神

2018/09/04

 東京五輪のボランティア募集がたびたび、槍玉にあがる。

 どうして、こんなにも非難されるのかと考えたとき、意志の方向性に関するものがあるのではないかと思う。
 そもそも、ボランティアというのは、自らの意志に基づいて、やろうと思った活動を、個人もしくは仲間と一緒に取り組む「自発性」が大切である。

 知り合いに、アートを通じたボランティア活動をしている人がいるのだが、仲間を募って、同じ意志をもった者たちで、ボランティア活動に励んでいる。

 これはボランティアである。

 自発的に自分たちで解決したい社会課題や、協力したいものを見つけ、そこに向かって活動をしていくのである。
 これこそ「ボランティアの自発性」の表れである。

 集まって「じゃあ俺たちで●●をやろう!」というわけである。これが結果として東京五輪への協力ならばそれで良い。

 しかしながら、今回は違う。

 お上が旗振りをして「ボランティアをしてくれる人を大々的に募集」しているのである。
 これは徴集である。志願兵と徴集兵くらい違う

 となると、ボランティアをしたいという集団たちに「自分たちがミッションとする社会課題」というのが存在しないわけである。だから、自発的なものじゃないし、自分たちとは関係ない組織の指揮監督下で、歯車となって働くというボランティア・・・これは絶対ボランティアではない。

 東京五輪のボランティア募集。これはボランティアではなく「無償で労働力提供を求めるチャリティー」なのである。

 性質が完全にチャリティーなので、ボランティア的なイメージとの乖離で、人々が違和感や嫌悪感を抱きがちである。

 そして、チャリティーというものの性質として「持てるものが持たざるものに与える」という性質がある。
 ここにおいて「国民が国家に与える」という関係性を見たとき「持てるものと持たざる者」の関係が成り立つだろうか。

 成り立たない。

 莫大な予算をかけてオリンピックを行う国家に対して、その予算の原資たる税金を担っている国民が、何を与えられようか。

 何も与えられない。困ったものである。

 ここらへんを、皆本能的に感じて、嫌悪感を感じてしまうのである。

 

 なんかもう、雇うしかないんじゃないだろうか。
 いま、これだけの資金を投入しておいて、「人件費入れてないからタダで働いてくれ」って都合がよすぎる話である。金持ち相手のチャリティーなんて、チャリティーじゃない。

 

 大学の授業や単位での配慮だったり、終活で有利に働くかのような言説はもはや・・・
 労働力の喜捨に対して「チャリンとお金がいったら罪は消されて天国に行けますよ」と、贖宥状を売るに等しい行為である。

 悪質極まりない。

 世界に誇る壮麗な教会建築を建てるために、喜捨を募って、贖宥状を売っていた連中と同じである。

 

 天の神様

 現代の贖宥状、五輪ボランティアに騙される人が減る事を、父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。

 えいめん!